写真は宮津湾の内側から宮津湾の外海への出入り口を眺めたところです。
向って左側が丹後半島です。
日置の小石のような島が見えます。向って右側は栗田半島です。
宮津湾の向こう側には舞鶴、敦賀湾、小浜、そして金沢、富山がのぞめます。
歴史的には、奈良時代にすでに日置のあたりに港湾施設があり、日置の小島が潮の干満によって陸とつながったり離れたりする様子を詠った歌が万葉集にあります。中世には、久美浜と並ぶ丹後水軍の根拠地として発展しました。
丹後水軍の勢力は北陸沿岸から九州の北岸にまで及び石川県の県庁所在地のある金沢市は、この丹後水軍のコロニーのひとつである大野荘が発展したものです。
丹後水軍は、薪炭を移送する柴船を主要事業の一つとしていました。
九州で制作した白磁を金沢に運んで絵付けをさせて完成させる古九谷を事業化したのも、日本海沿岸の窯業や製鉄事業に薪炭を配送する事業をしてきた中から発想されたものと思われます。
NHKの大河ドラマ「お江~戦国の姫たち」の主人公の最初の嫁ぎ先も、柴船を主要事業とする水軍の提督でした。
柴船といってもピンとこないでしょうが、現在のタンカーやバルクキャリアを所有する船会社を想像してもらえばよいと思います。
